2016年11月某日、冬らしく冷え込み始めた、早朝の北新桥三条胡同にて。
2016、北京の旅
1日目
今回はH〇Sのツアーにした。土曜日18時発のJALだったから、14:05発のスカイライナーで成田空港へ向かった。14:43に成田空港第一ターミナルに到着し、手早くチェックインと手荷物検査を済ませ、出国審査を終えてから、出発までのんびり過ごすことにした。
とにかく成田空港は都心部から遠いし、空港の作りや雰囲気があまり快適ではないから、出来れば羽田発の飛行機で北京へ飛びたいが、やはり安く行くとなると、現状では成田発のフリーツアーしかないから止むを得ない。
年間を通じて最も北京へ安く行けるのは、だいたいシーズンオフの11~2月くらいだ。しかし、北京では暖气と呼ばれるセントラルヒーティングが入り出して大気汚染が悪化し始めるのが毎年11月15日くらいからだ。また、春節の2月前後は氷点下15度前後まで気温が下がったりして移動に適していないし、爆竹やら石炭の影響でPM2.5のレベルが悪化して飛行機が飛ばなくなる可能性がある。
そうなると、11月の前半あたりでチケットを探すのが最安かつ最良だと思われる。私はいつもトラベル子ちゃんを利用している。ホテルだけならエクスペディアでも良いと思う。上海へ行った時はエクスペディアを利用したが、とりあえずトラブルは無かった。
今回は思ったよりも、出国審査が早めに終わった。2年くらい前に始まった改装工事がやっと終わったようで、空港内は随分と綺麗になっていた。
「日本の文化の紹介」と書かれた看板があった。外国人が着物を来て嬉しそうに写真撮影していた。どうやら無料で着付けてもらえるらしかった。
出発まで2時間以上あったから、しばし、リニューアルした空港内を徘徊することにした。 「タックスフリー秋葉原」という土産屋だけが異様に混んでいた。客は中国人ばかりだったが、やはり去年よりも少ないように感じた。最近、成田空港や東京で見かける中国人は英語をしゃべっているケースが多いから、シンガポールあたりから来日しているチャイニーズアメリカンなのかもしれないな、と考えた。
新しくオープンしたカフェで休むことにした。客は10人くらいいたが、ほとんどが白人だった。カフェからは飛行機が見えた。ボーイング787が停まっていた。
しばらくカフェで休憩したあと、気晴らしに別の休憩スペースへ移動することにした。半個室のような仕切られたスペースがあったり、簡易ベッドのようなスペースもあった。液晶テレビや充電用のコンセントも設置されていた。しかし、全体的な空港内の広さに比して、ベンチが少ないように思えた。
フェイスブックでフォローしている元爆風スランプのファンキー末吉氏が、成田空港に来ると必ず訪れると言っていたらしき、居酒屋のような飯屋があった。かなり繁盛していた。免税店は軒並みガラガラだった。
17時までにはカウンターの前へ行き、ベンチで待機しておくことにした。去年までは、北京へ帰国する中国人でごったがえしていたが、ガラガラだった。ベンチに座っていると、北海道へ行ったと思しき中国人BBAが目の前で買ったお土産を広げて、大声で自慢し始めた。連れらしき2人のBBAはそれを退屈そうに聞いていた。
BBAが喧しいので、少し離れた場所にあるマッサージ機で癒されることにした。北京行きの飛行機は点検だとかで代替機を用意するというアナウンスがあった。代替機はボーイング787のようだった。JALの787は海外専用らしいが、これまでの北京行きは中型機ばかりだったから、ラッキーだと思った。出発時間に変更はないとのことで安心した。
やはり飛行機は大型である方が安定していて快適だ。同じ787でもANAのはトラブル続発なロールスロイス社製のエンジンを乗せているが、JALのはGE社製だから安心だ。こんな激安フリーツアーで最新機種に乗れるとは、本当に幸運だな、と思った。今回の機体は787-8で、787-9よりは小さいらしいが、快適だった。シートの配置は2-4-2だった。
春秋航空と比べると、座席間隔が広くて、遥かに快適だった。それと日系は安心感が違う。
機内食はこれまでのJALに比べたら、少し改善されたような感じがした。何故か私の好きな六花亭のマルセイバターサンドがついていた。
映画を観ようと思ってイヤホンをしていたが、CAがマイクを切り替える度にジッという不快なノイズが耳に入り、イヤホンをしているのが苦痛だった。
離陸後は、とりあえず話題の「シ〇ゴジラ」を観ることにした。最近は、洋画や中国ドラマばかりを観ていたのだが、久しぶりに観る邦画には改めてガッカリした。やはり、日本の役者も監督もレベルが知れているな、と思った。2時間あまりを無駄にしたなと思ったが、北京に到着するまでの残り時間を利用して、これまた話題の「君〇名は」を観ることにした。こびとはすでに「君〇名は」に夢中になっていた。結局、全部観終える前に、飛行機が着陸態勢に入った。
機体は大きく揺れることもなく、ほぼ定時の21:55、北京空港に到着した。やはり往路は4時間くらいかかるが、今回は機体が大きかったせいか、それほど長く感じなかった。日本と北京の時差は1時間だから、北京の現地時間では20:55だった。中々快適な飛行機だった。
空港内にはいつの間にか、案内板に日本語が用いられるようになっていた。とは言っても、まだまだ極一部の案内板だけだった。空港と空港をつなぐモノレール乗り場は、昼間だと中国人でゴチャゴチャになるが、夜遅いからか空いていた。「焦らないで。3分おきに電車が来ます」と書かれた看板が立っていた。やはり中国人は焦るらしい。 とりあえず、電光掲示板で荷物の受け取り口を確認した。
今回は預けた荷物が出てくるのが早かった。受取場所に着いた時には、すでに荷物が回っていた。今回は案外早く出てきて、待たされることがなかった。どうやら、前回のA〇Aが異様に遅かっただけのようだった。前回は荷物が出てくるまで40分くらいかかったが、またあんなに時間がかかったらたまったもんじゃない。
到着口を出ると、すぐ左側に九龍壁の縮小版無塗装レプリカが展示されていた。九龍壁は北京市内に三か所あるそうだが、まだ北海公園のものしか見たことがない。そのうち他の2つを見てみたい。
とりあえず地下鉄に乗るため、空港線のりばで一卡通を買った。100元ずつチャージした。このうち20元は押金(保証金)だ。
一卡通は空港線では買えないと聞いていたが、実際には取り扱っていた。一卡通は上海で言うところの交通卡で、日本で言えばパスモやスイカみたいなICカードだ。人によっては刷卡と呼ぶこともある。
これがあれば空港線も地下鉄も、バスも、万里の長城へつながっているS2線も簡単に乗車することができる。とにかく中国は人が多くて、切符売り場が行列しやすいから、交通カードを携帯しておくのが無難だ。
空港線の運転席には駅員が3人乗っていて、何やら与太話をしながら楽しそうに運転していた。中国の地下鉄はほとんどの駅にホームドアが設置されているから、日本みたいに人身事故で電車が遅れるということがあまりない。これまで乗った限りでは、機器の故障による遅延にも出くわしたことがないから、定時運行という点に関しては、最新の列車が走る東京よりも北京の方が勝っているのは否定できぬ事実だ。
最近は当院最寄の京王線でも人身事故が増えていて、たまに患者がキャンセルしたり、遅れて来たりすることがあるから、困ってしまう。京王線は明大前の某池を埋めたゆえに祟られているのだという噂があるが、京王線沿線で生まれ育った人間からしてみれば、確かに年々人身事故が増えているような気がする。
とりあえずは、政治屋や一部の土建屋などが暴利を貪ると言われている東京オ〇ンピックなどは止めにして、都内の全駅にホームドアを設置すべきだろう。そうすれば、都民も人身事故による時間的、経済的な損失、逸失利益などによる不満や精神的ストレスを感じずに平和に過ごせるようになると思うが、やはり政治屋は電車なぞ利用しないだろうし、まずは私腹を肥やすことが第一なのであろう。まだまだ当分の間、都民はいつ起こるやもしれぬ人身事故に怯えながら過ごさねばならぬのかもしれない。
今回は最終電車でなかったから、前回よりも精神的な余裕があった。終電になると、駅員に急かされるようにして地上出口まで歩かねばならぬから、あまり心地が良いものではない。特に中国人駅員は露骨に下班(xiaban、退勤)したそうな態度で乘客を追い立てるから、なるべく最終電車には乗りたくない。
东直门駅の地上出口へ出た。外はすでに暗く、空はスモッグで霞んでいた。そんなに寒くはなかったが、駅前では何故か空っ風が吹いていて、誰かが捨てたコンビニの袋やら、紙屑やらがカラカラと地面を這っていた。
出口から半径50mくらいの範囲には、何をしているのか、怪しくうろついているジジイが数人いた。覚せい剤の売人なのか、白タクの運転手なのかわからぬが、近くに寄ったら何かネチネチと話しかけられそうな雰囲気だったので、足早にその場を離れることにした。とにかく东直门駅のB、E出口付近は薄暗くて、夜はいつ来ても雰囲気が悪い。
ホテルまでの経路は至って簡単だ。画像のgoogle mapは事前に日本で撮っておいたスマホのスクリーンショットで、19分と示された下側の経路で行った方がわかりやすい。东直门内大街(東直門内大通り)を通るルートだ。そういえば、中国では2017年の1月頃からVPNの規制が始まるという話だから、VPNを介せば使えていたgoogleも、今後は中国では使えなくなるかもしれない。
少し歩くと自転車置き場があり、ステンレス製の柵が設けてあった。子供でないと通れないくらい狭い幅のゲートで、通って良いのかわからぬ感じの柵であったが、誰も見ている人がいないので、勝手に通ることにした。我々の背後30mほどの場所には、何かの売人らしき怪しいジジイが数人、ゾンビのように迫ってきていたから、どうしてもこの柵を越えて、早々に信号を渡らねばならなかった。柵を越えればすぐ横断歩道がある。車道は10車線近くあったから、向こう側に辿り着くまでかなり長く感じられた。
东直门内大街を西へ向かってしばらく歩くと、右手にセ〇ンイレブンが見えてくる。北京旅居华侨饭店に泊まる時は、必ずこのセ〇ンイレブンに寄って、飲み物などを確保しておかねばならない。ここから先にはロクな店がないからだ。そういえば、防犯上のためか、北京市内には地下鉄以外に販売機が置かれていないから、東京のようにちょっと歩けば飲み物が気軽に買える、という状況ではない。特に夏場などは道に迷うと飲み物を確保するのに時間がかかって地獄を見ることがある。
店内には日本と同じような電子レンジが置かれていたが、どうやら日本と違って弁当は自分で温めるようになっているらしかった。確かにその方が効率的ではある。電子レンジの扉には「(他店で)テイクアウトした食品を温めないでください」と書かれた紙が貼られていた。おそらく、他店でテイクアウトした商品を、ここで温めなおして帰る輩が何人もいたのだろう。
商品のラインナップは日本のそれと大して変わらないが、全商品の半分くらいは中国独特の商品で、たまに見ると新鮮で面白い。ドライフルーツなどは南アジアが近いせいか、「一带一路」の影響かわからぬが、南国のメロンのドライフルーツなども並んでいた。メロンのドライフルーツを買って試しに食べてみたが、甘すぎて口に合わなかった。マンゴーのやつは美味かった。しかも日本で買うより遥かに安かった。北京ではそこらじゅうで美味しい包子が売られているせいか、コンビニの肉まんは人気がないようだった。だいたい中国では春節などに美味しい餃子を手作りするらしいから、大してうまくもないようなコンビニの餃子など喰いたいとは思わないのかもしれない。とりあえず、ホテルの近くはコンビニが無いから、ここで飲み物を買っておくことにした。ホテルに置いてある無料の水はいつのものかわからぬし、信用出来ぬから、コンビニでまとめて買っておくのが無難だ。日本からも500mlの水を数本持参していたが、万が一に備えて買っておくことにした。
夜の东直门内大街はあまり雰囲気がよろしくない。とは言っても大通りであるから、そんなにすごく危険な通りと言うわけでもない。
取り壊して新しくするのか、通り沿いの建物が廃屋のようになっていた。歩道に瓦礫が積まれていて歩きにくかった。
この通りには麻辣なアメリカザリガニを喰わせる店が並んでいたが、大半は無くなっていた。数年前に入店した際、複数のドブス店員に嫌がらせをされた店も潰れただろうかと思いながら歩いていたが、どうやら営業していた。大通りを工商銀行の前で右折し、しばらく歩くと左手に胡同が見えてくる。この路地を入ってしばらく歩くと右手にホテルが見つかる。
このホテルに泊まるのは3回目だった。さすがに3回も来れば道は覚えるものだ。エントランスをくぐって、フロントへ行くと、従業員らしき20代くらいの男が3人立っていた。以前は夜も女の従業員がいたが、方針が変わったのか防犯のためなのかわからぬが、男ばかりでむさ苦しい感じがした。男にパスポートを渡し、すでに予約済みであることを伝えると、男はパソコンで予約状況を確かめ出した。すぐに照合がとれて安心した。今回は朝食が1回のみの予定だったが、「朝食は1回だけですね」と確認された。
インチキなホテルや怪しい会社のツアーだと、予約していても「予約が入ってないヨ!」などとトラブルになることがあるらしいから、やはり慣れているホテルに泊まるのが無難だ。とは言っても北京には無数のホテルと知らぬ街並みがまだ沢山あるから、たまには別のホテルに泊まってみたいとも思う。今一番泊まってみたいのは紫檀酒店(Rosewood Beijing)と、什剎海皮影文化酒店(Shichahai Shadow Art Performance Hotel )だ。紫檀酒店はエクスペディアで「最高に素晴らしい。100%のゲストが推奨」になっているが、ウェブサイトを見た限りでは、かなりセンスが良さそうなホテルだ。
什剎海皮影文化酒店はCCTVの「外国人在中国」で観た、屋号の通り皮影艺术(影絵)を観ることが出来る四合院風のホテルだ。特に欧米人に人気があるらしい。しかし、このホテルは东直门駅から5キロくらい離れた什剎海の近くにあるから、王府井で針灸関係の本を買って行ったり来たりするにはあまり交通の便が宜しくない。さらに、このホテルの周囲は街灯が少なく、夜はあまり雰囲気が宜しくないそうだ。北京は比較的治安が良いが、犯罪はゼロではないから、基本的には街灯の少ない場所には近寄らないのが無難だ。まぁ、この辺りも、そのうちインフラが整備されて明るくなるかもしれないが。
北京旅居华侨饭店には部屋が数種あるらしく、最初に泊まった時に比べると、今回は随分と汚い部屋を割り当てられた。2014年に泊まった部屋は最上階の5階、南向きの角部屋で、広さはここより倍くらいあったから、すこし汚いながらも、静かで中々快適な部屋だった。
今回の部屋はいわゆる低価格のビジネスルームで、日当たりが悪いゆえか、特に水回りがあまり清潔ではなかった。まぁ2泊3日でJAL利用の直行便、飛行機代と宿泊費コミコミで1人35000円くらいの激安フリーツアーにしては、かなり良い部類なのかもしれない。しかも今回は最新の大型機だったし、だいたいJALだと飛行機代だけで北京-成田間がおおよそ50000円前後はするから、考えてみれば会社にとっては相当に利益率が低そうなツアーであって、客からしてみれば相当にお得な旅なのだろうと思う。格安航空を利用したとしても、直行便だと安くても往復30000~40000円くらいはかかる。出発の1ヶ月前くらいになると、安いツアーが急に出たりするものだが、そういうツアーは比較的休みを自由に取りやすい自営業でないと、利用しがたいかもしれない。
とりあえず、セリアで買っておいた使い捨てのスリッパを出して、シャワーを浴びることにした。備え付けの石鹸とシャンプーは異様なほどの蛍光色であまり使う気にはならぬから、持参しておいたシャンプーを使うことにした。潔癖症だから、タオルももちろん自宅から持参したものを使った。シャワーを浴びた後は、翌日に備えてすぐに寝た。
2日目
翌日は6時に起きた。このホテルの朝食は6時からだが、早めに下りて、空いているうちに食べておいた方が良い。ビュッフェ形式だから、遅れて行くと荒らされている可能性があるからだ。
カーテンを開けて外を見ると、2匹の犬を引き連れて、ホテルの敷地内に入って来る中国人が見えた。明らかにホテルの関係者ではなかったが、ホテルの敷地が犬の散歩コースになっているらしかった。おそらく犬に糞をさせて逃げるだろうと予想していたが、予想に反して飼い主は糞を拾っていた。最近、日本でも2重国籍で問題になった某国会議員だかその親だかが飼っているクソ犬が、ノーリードかつ糞を撒き散らしながら町民を脅威にさらしているという報道があったが、それに比べると、北京人の方が余程マナーが良いな、と思った。
このホテルの屋根は、故宮と同じような作りになっていた。屋根に神獣とそれを先導する爺さんの人形が取り付けられていた。この人形の数が多いほど、その建物の象徴的なランクが上がるらしい。
1階へ下り、受付の姐ちゃんに部屋番号を告げて、席を適当に選んだ。まだ時間が早いからか、中国人客が数人座っているだけだった。
質素ではあるが、高級ホテルのように卵を焼いてくれるコーナーが設置されていた。しかし、肝心のコックがいないと思ったら、客を察知したのか、キッチンから無愛想な太目のジジイが出てきた。
英語と中国語で卵焼きのメニューが書かれていたが、明らかに中文と英文が対応していなかった。「Served with onion ham mushroom and vegetable」という英文はちょっと可笑しいなと思いつつ、コックのジジイに「オムレツをくれ」と言った。すると、ジジイは、出来上がるまで席で待っていろというような合図をしたので、席について待つことにした。私が席でぼんやりしていると、料理を取って戻ってきたこびとが「私もオムレツを食べたい」と言ったので、一緒にまたジジイの所へ行くことにした。ジジイに「もう一つオムレツをくれ」と言うと、ジジイはわかったとばかりに無言で頷いた。こびとが「ワッフルも焼いてくれるらしいよ」と言ったので、試しにワッフルも1つ焼いてもらうことにした。
またしばらく席について待っていると、ジジイが急にチン、チンと鈴を鳴らし始めた。手招きをするでもなく、声を上げるでもなく、何度も鈴を鳴らしていて喧しいなと思ってジジイの顔を見てみると、目があった瞬間に再びジジイはチン、チンと鈴を鳴らした。
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鈴は日本の飲食店などに置いてある「不在の時は鳴らして下さい」的な鈴だった。日本では客が店員を呼んだり、猫が餌を強請(ねだ)ったりするのに使われる鈴だが、どうやらジジイは客を客だと思っていない様子だった。
ジジイのもとへ行くと、我々のオムレツとワッフルが出来上がっていた。まったく無愛想なジジイだと思いながら皿を受け取ると、何故かジジイはワッフルをもう1つ焼き始めた。嫌な予感を抱きながらテーブルへ戻ると、再びジジイが、こちらを凝視しながら鈴を鳴らし始めた。ジジイは1つしか注文していないはずのワッフルを2つだと勘違いしていたようだった。仕方がないので食べることにしたが、単に小麦をこねて焼いただけの素朴なパンケーキのような味で、新宿にあるマネケンのワッフルを食べなれていると、特に美味いとは思えなかった。
ワッフルは食べる予定では無かったから満腹になったが、何とか完食した。だいたい朝食はいつも少な目がよろしい。
朝食を終えた後はすぐに部屋へ戻って、外出することにした。エレベーターの横にはタブレットを大きくしたようなモニターがあって、テレビのように天気予報や広告などが流されていた。
このホテルの正面玄関には照明がない。南向きだが庇(ひさし)があるゆえに昼間でも薄暗い。数年前からずっとこの状態だから、きっと照明を付ける気などないのだろう。
ホテルを出て北新桥三条を東へ歩くと、东直门北小街のすぐ手前に新桥小馆という四川料理の店がある。店頭にテーブルを出して朝食を売っていた。ちなみに、四川料理は中国四大料理の1つで、中国語では川菜(chuancai)と言う。川菜には七滋八味という味の表現があるけれど、やはり四川と言えば麻辣なイメージであって、その最たるモノはアホみたいに辛い重慶火鍋ではなかろうか。あんなもんを毎日食べたら粘膜が侵されて、消化器系等の炎症性疾患や、癌になる確率が高まりそうだが、実際のところはどうなのだろう。
北新桥三条と东直门北小街の交差点には2階建ての小さな超市(スーパーマーケット)があったが、3階建てのホテルに建て替えられていた。1階は床屋やわけのわからぬ薬局、入りにくそうな雰囲気の個人経営的なコンビニになっていた。雑貨や食品を扱うホテル最寄の商店はここだけだったから、非常に不便になったな、と思った。とりあえず、このあたりの動画を撮っておいた。動画だとリアルな雰囲気がわかると思う。
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东直门北小街を200mほど、のんびりと南下することにした。日曜日の午前8時頃でも、すでに開店している店が多かった。
だいたい中国人は基本的に夫婦共働きで、農村部に住んでいる人などは遠くへ打工(dagong、出稼ぎ)しに行くことが珍しくないらしいが、北京でも朝食を自宅で食べる習慣が少ないからか、はたまた住宅ローンによる房奴(fangnu)を避けるために独身のままでいる若者が多いからか、朝食を外食で済ます人が多いようだ。ゆえに、北京では早餐(朝の軽食)を出す店が早朝から開店している。だいたい中国人の朝食は包子、油条、面条または粥のいずれかが定番だ。早朝に小吃店の店頭に置かれた蒸篭から上がる蒸気を見かけると、あぁ中国に来たんだな、という気持ちになる。
中国では未だに「結婚=要住宅の購入」と相場が決まっているらしい。しかし、結婚したくても嫁となる人の両親がドギつくマイホームの購入を迫るもんだから、独身男があふれているらしい。最近の都市部では結納金も莫大な額になっているそうで、将来的には一人っ子せいさくのツケもあるし、中国では介護の問題がより深刻になるのかもしれない。
右手にある中国工商銀行を過ぎると、东直门内大街との交差点にぶつかる。銀行の隣には日用品を扱う便利店と、ペットショップ、怪しい大人のオモチャのお店が並んでいた。
便利店の前には电动车(電動自転車)に電気を充電するための、「加油站(ガソリンスタンド)」と書かれた機械が置いてあった。どうやら、コインを入れると充電できる仕組みらしい。「加油站」という文字の下には「我的world充电站」と書かれてあった。全く意味不明な英語の使い方であった。
ペットショップの前にはウサギが放置されていた。小さなカゴに3羽のウサギが入っていたが、カゴが小さすぎて、明らかに身動きを取るのがキツそうな具合だった。カゴの上には餌らしき野菜が無造作に置かれていた。真ん中の白いウサギは遺伝子操作をされたかの如く、異様なほどの巨体であった。
工商銀行のある交差点を左折すると、东直门内大街に入る。东直门内大街は通称、鬼街(guijie)とか簋街(guijie)と呼ばれ、四川料理店が並ぶ北京でも著名なグルメストリートの1つだ。东直门駅に近い通りは、改装工事の真っ最中だった。どうやら古い建物を取り壊すついでに、歩道の石畳も入れ替えて綺麗にするらしい。数年前、中国語がまだロクに解せなかった私に、料理をずっと運ばぬという嫌がらせをした超絶不細工な女店員が寄り集まっている某川菜店もついでに破壊してやりなさい、と密かに作業員へ念を送っておいた。
簋街では火鍋(ピリ辛のしゃぶしゃぶみたいな鍋)や、小龙虾(アメリカザリガニ)を麻辣に炒めた料理を出す店が多い。おそらく火鍋の店が最も多いのだろうと思う。日本で人気の小肥羊も軒を連ねている。小肥羊は中国人にも人気らしいから、今度北京へ行った時に行ってみよう。そういえば吉〇寺の小肥羊には1度行ったことがあるが、入口にいた女店員の態度があまりにも悪かったので、入るのは止めにした。
交差点から700mくらい歩くと、东直门駅に着く。ここから地下鉄に乗って、まずは西单駅の北京图书大厦へ行くことにした。北京で中医や針灸関係の本が豊富に揃っているのは北京图书大厦と王府井书店、东单医药书店の3つくらいで、順路の関係で北京图书大厦→东单医药书店→王府井书店の順番で巡るのがルーティーンになっている。北京图书大厦は若者が集まる西单駅近くという場所柄ゆえか、昼を過ぎると店内にDQNが徘徊し出す傾向にあるから、午前中の早い時間に行っておくのが無難だ。だいたいDQNは一般的に、週末は午後から深夜まで活動する傾向にあるから、中国でも本屋での用事は、土日の午前中には済ませておくのが賢明である。
北京图书大厦は平日は9:00-21:00 、週末は9:00-22:00まで営業している。最近は日本よりも営業時間が長い店が多いから、客としては便利である。
北京の地下鉄はほぼ全ての駅にホームドアが設置されている。ゆえに日本のように人身事故で電車が遅れる、ということはほとんどない。ホームに時刻表は無いが、数分おきにほぼ定時で電車が来るようになっている。しかも運賃は最近、距離制になったものの、数駅なら3元(約45円)もあれば辿り着けるから、地下鉄は財布に優しい。ちなみにバスはもっと安くて、1~2元が基本料金だが、夕方は渋滞に巻き込まれる可能性があるから、時間通りに行動したいなら地下鉄の方が良い。車両は日本のそれと比してかなりボロいが、まぁ特にこれといったトラブルに遭ったことはない。ちなみに上海の車両はエアコンが臭いが、北京は臭くない。本当に東京の電車は頻繁に遅れるわりに運賃が高いが、ロクに働いていない国会議員を減らせば、色々と財政的な問題が解決するだろう。
車両のドアには转转(zhuanzhuan)というウェブサイト(個人売買するためのアプリ)の広告が貼られていた。「转转を使えば1999元(約32000円)から苹果7を買ったり売ったり出来る」と書いてあった。中国でもヤフオクやメルカリのような、個人売買のオークションサイトが流行っているらしい。ちなみに、苹果7というのはiPhone7のことだ。「苹果」は本来は「りんご」を意味する中国語だが、iPhoneはアップル社製であるから、苹果7と呼んでいるのだろう。「转转」というのは「ぶらぶら歩く」という意味だが、转手とか转售(転売する)、转卖などの意味も含まれているのだろう。
そういえば上海に行った時、地下鉄のホームに「苹果~、苹果~」と呟きながらウロついている薄汚いジジイがいた。ホームでりんごを売っているのかと思ってジジイを見ると、ジジイは金色のiPhone6を手に隠し持ちながら、手をフリフリしていた。要するにジジイは、どこで入手したのか本物なのかもわからぬ怪しい苹果6を、乗客に売りつけてやろうと徘徊していたのだった。中国ではゲリラ的な路上販売、車内販売、構内販売が珍しくない。人が多く集まる場所では、ゲリラ的な募金もよく見かける。まぁ東京都内でも、最近は駅前で怪しい募金集めが行われていたりするが、基本的には中国でも同様に、得体の知れぬ輩には関わらぬのが無難だ。
西单駅に着いた。やはり一卡通を持っていると、イチイチ小銭を出して切符を買う手間が省けるから便利だった。
改札を出て地下道を歩いていると、怪しげな販売機のような機械があった。しかし、どうやら現金は使えず、微信で支払うためのQRコードだけが貼り付けられていた。現在、中国では日本とは比較にならぬほど電子マネーが発達していて、若者の多くはスマホで決済することがほとんどらしく、現金は持たぬことが多いらしい。ゆえに現金で購入したいと言う一部の人間のことを考慮に入れずに電子マネーオンリーの自動販売機にしたとしても、それなりの利益が出るのかもしれない。
確かに自動販売機に金を入れておくこと自体がリスキーだし、釣銭用の小銭や札を管理する手間や人件費などを考えたら、電子決済のみの自動販売機の方が安全で利益率が高いのかもしれない。ちなみに、中国で電子マネーが急速に発展した1つの大きな要因としては、偽札の流通が未だに止まぬことがあるのだろう。そうは言っても電子マネーも悪用されるリスクがゼロではないから、そう気軽に使えるモノでもない。
最近は日本でもアップルペイなどを筆頭に、電子決済可能なスマホが色々と現れているが、指紋認証などは最も危険な個人情報の流出になり得るし、声紋認証も怪しい組織に悪用されそうだ。だから、例えば指紋を認証に使おうとか、間違っても声でSiriを起動させようという気にはならぬ。将来的には人間が秘密組織やら、AIやらに攻撃される可能性はかなり高いらしいから、なるべく怪しい情報局に個人情報を盗まれたり、AIが進歩しないよう、密かに抵抗している。
地上出口を出ると、すぐ後ろに北京图书大厦が見える。店の前の広場では、何やら献血集めをしているようだった。タダで集められた血液は、日本のように誰かに販売されて、誰かが労せず儲かるのだろうか。そうなるとあまり献血する気にならぬ。
とりあえずエスカレーターで最上階まで上がった。針灸・中医関係の本が置かれているあたりには、寝読みしている男がいた。座り読みは頻繁に目撃するが、寝ながら本を読む輩は初めてみた。しかも店員は見て見ぬフリをしていた。だいたい店員も暇を見つけてはスマホをいじりながらサボっていたから、もはや客が寝ていようがどうでも良いのかもしれない。
開店して間もない時間だったから、比較的空いていて良かった。おそらく開店早々から寝読みしていた男は、風貌からしてホームレスなのかもしれないな、と思った。きっとこのビルの周囲を根城にしていて、本屋が開店するや否や店内に侵入し、寒さをしのぎがてら、暇つぶしに寝読みしているのであろう。何せ北京の冬は氷点下10℃を下回ることも珍しくないから、外にいたら凍死してしまうかもしれない。
とりあえず、人民衛生出版社が出した穴位図を買った。4枚セットで40元(約600円)だった。針灸中医関係の本もそうだが、こんな良質な穴位挂图は日本では一生手に入らないだろう。さすがに人民衛生出版社は中国で最も権威のある中医関係の出版社だけあって、素晴らしい経穴図だった。ここには在庫が1つしかないとのことで、あとで予備を1つ、王府井書店で買うことにした。
他には針灸関係の古典の繁体字本を沢山買った。画像の本は『中医古籍珍本集成』という湖南科学技術出版社のシリーズ本で、木版刷りの内容がそのまま印刷されている。これは去年あたりから発売されていて、有名な古典、経典はほとんど網羅されている。中医関係の本はいつ売り切れになるかわからないから、在庫があるうちに買っておくのがよろしい。とりあえずアホな鍼灸師と思われないように、針灸大成、甲乙経、聚英、内経、霊枢、問対、摘英集、玉龍経あたりを買っておいた。その他に本草綱目やら成语大全なんぞも買ったら、荷物の総重量が40キロを超えてしまい、帰国時に地獄を見た。
まぁ、これで私もアホ鍼灸師のカテゴリーからは何とか離脱したであろうと、ささやかな優越感に浸った。本が多すぎてあまりにも重いので、一端ホテルへ戻ることにした。北京へ来るといつもこんな感じで、初日に本を大量に買う。
日本の鍼灸界にはこういう中国語の針灸書の影印本(繁体字本)さえ知らぬ老害が「私は鍼狂いじゃ!」とか「日本で本当の鍼灸を学べるのはウチだけじゃ!」などとメディアで騒いでいるようだから、もう終わっている。基本的に中国語を解せぬ日本の鍼灸師は、どんなに有名であろうが、その素性や資質を疑った方が良いかもしれない。ちなみに、そういう老害に取り込まれてしまうような日本の鍼灸師に限って、こういう老害を「世界で5本の指に入る鍼灸師だ!」とか根拠なく騒いだり、2ちゃんねるで群れて自作自演的に慰めあうのが常だから、もう救いようがない。
ホテルの最寄駅は东直门駅か北新桥駅なのだが、东直门駅からのルートは歩道を工事していて歩きにくいので、北新桥駅で降りることにした。それと、北新桥駅からのルートの方が交通量が少なくて歩きやすいのと、若干ルートが短い。ちなみに北新桥駅からだと、胡同を通るルートがあるから、夜は電灯が少ないゆえに少し暗く、女性の一人歩きは危ないかもしれない。
北新桥駅から外へ出ると、バイクの荷台に段ボールを大量に積んで運んでいるジジイがいた。
しばし歩くと、放置されたらしきバイクが嫌がらせというか、見せしめのように歩道の柵に吊るされていた。中国人の気性の激しさを感じた。
駅前の交差点を渡ると、右手にケンタッキーやセブンイレブンが入ったビルが見えるから、そのビルの前を通り過ぎて、2つめの路地を右に入ってひたすら直進すれば左にホテルが見える。
手前の路地は、きっと2つめの路地と並行に走っていて、ホテルまでのちょっとした寄り道に良いだろうと思い、いつもは通らぬ路地を通ることにした。知らぬ道を散策するのは案外楽しいものだ。
路地を入るとすぐ左に花家怡园の支店がある。花家怡园は北京市内にいくつも支店がある、北京ダッグの有名店で、この店のすぐそばの簋街店では、毎晩20時頃からいわゆる表演(ショー)をやっていて、夕飯を食べながら变脸(四川變臉、川劇變臉)などの川剧を観ることが出来るらしい。变脸というのは川剧で最も有名なパフォーマンスで、被っている面を一瞬でパッと変える技だ。今度機会があったら行ってみよう。
最近は北京市内で外卖(waimai、デリバリーサービス)や、淘宝(taobao、中国最大のネット通販サイト)の商品を配達をするバイクを見かけることが増えた。日本と違って胡同などには詳細な住所が書かれた電柱などが存在しないから、配達員はスマホ片手にナビで目的地を探すことになるわけだけれども、そんな姿を見ていると、中々面倒な仕事だろうなぁと思ったりする。
特に冬場などは大気汚染が酷くなるから、紅色警報が発令された時などは、外出を控えて外卖を利用する市民が激増するらしい。近い将来、バイク便を生業とする人々はCOPDを発症したり、肺がんで死ぬ確率が高くなるかもしれない。
日本と違って都市部の中国人夫婦は、共働きで朝から外食を利用することが多いそうだ。しかも、最近は独身者が増えていることもあって、外食産業でも特にデリバリーサービスが増々活況を呈している様子だ。しばらくは、経営者の懐が温かくなる一方で、アルバイトとして雇われている配達員は健康被害で苦しむという状況は必至だろう。
そんなわけで、ホテルへの最短経路は駅から3つ目の胡同を通ればよいのだが、何となく通ったことのない2つ目の胡同へ入ることにした。2つ目の胡同も3つ目と同様、向こう側の东直门北小街まで平行に走っているのであろうと高をくくっていたが、見事に目論みが外れ、胡同迷路に潜り込んでしまった。この胡同はウネウネと曲がりくねっていて、东直门北小街に辿り着くまで少し時間がかかってしまった。
胡同の途中には燕京ビールの工場らしき建物があり、ビールケースが山積みになっていた。
何とかホテルへ戻り、エレベーター横の液晶画面を見ると、11:30になっていた。明日の天気は曇りのち晴れで、PM2.5の値は比較的良好、気温は-2~12℃とのことだった。感覚的にはこの時期の東京とあまり変わらない気候だろうな、と思った。
部屋に戻ると、買った本を整理した。10分ほど休憩してから出かけることにした。
今度は东直门にある針灸用具店へ行くことにした。东直门には中国中医科学院針灸医院があるせいか、針灸用具店がいくつもある。ホテルからは歩いて5分くらいの距離だ。
东直门内大街と东直门北小街の交差点を越えると、干果(ドライフルーツや乾燥させた種菓子)と果蔬(果物と野菜)の店が並んでいるのが見える。干果の店はかなりの人気なのか、いつも絶え間なく客が出入りしている。
东直门北小街から东直门内大街を超えた東側は东直门北南街で、交差点から100mほど歩くとすぐ左に北新仓胡同が見える。
ここを左折して北新仓胡同を真っ直ぐ歩くと、右手に中国中医科学院針灸医院が見える。そのすぐ先が針灸用具店だ。この通りだけでも、針灸用具店が5つくらいある。
針灸用具店へ行ったあとは王府井でランチを食べるため、北新桥駅から地下鉄に乗ることにした。胡同には無数の飲食店が並んでいるが、小さな個人経営の店にはあまり入る気にならない。何故なら釣銭を返さないとか、飯が汚くて不味いとか、当たり外れが多いからだ。
北新桥駅近くの雍和宫大街では、歩道に沢山の白菜が積み上げられていた。日本では見慣れぬが、中国ではよく見かける光景だ。これだけ沢山の白菜があっても、驚いたことに夕方になると全て売り切れるらしい。
雍和宫大街には、羔点(焼き菓子)や饼干(binggan、クッキー)、烧饼(練った小麦粉を焼いた軽食)の店がいくつかあるが、この白菜売り場の近くの羔点屋はいつも行列が出来ている。今度機会があったら買って食べてみよう。
王府井などの観光地で人気の冰糖葫芦(水飴菓子)は北新桥でも売られている。きっとこのあたりも、準観光地で外国人が多いからだろう。冰糖葫芦はいつか食べてみたいと思っているが、未だ買う気にならない。
北新桥駅の周囲も、ビルや道路の工事の真っ最中だ。歩きにくくてしょうがないが、しばらくしたら东直门駅周囲と同様に、快適な街になるのだろう。北京の地下鉄は基本的にエスカレーターは上りしかないから、そのうち下りのエスカレーターも設置してもらいたいが、やはり東京ほど金をかけて、便利な大都市になるのは難しいのかもしれない。
現状でエスカレーターが上下ともに設置されているのは东直门駅の空港線乗り場だけだ。さすがに重たいスーツケースを持ち歩く旅行者には最低限の配慮をしているらしい。だから沢山の買い物をして帰国する人は、东直门駅最寄りのホテルに泊まるのが楽で良い。
一応地下鉄の路線図と始発終電の時刻表撮っておいた。北京の地下鉄は基本的に定刻通りに運行しているが、東京の電車のように細かい時刻表は掲示されていない。始発と終電の時間が示されているだけだ。北京の地下鉄はほぼ全駅にホームドアが設置されているため、日本のように頻繁に人身事故が起こることもなく、始発も終電もちゃんと時刻通りにやってくる。地下鉄がスムーズに運行しているのを目の当たりにすると、概して中国人はガサツであると思い込んでいた日本人は驚くかもしれない。北新桥駅からは2号線に乗って、建国门駅で1号線に乗り換えて2つ目の駅が王府井だ。
王府井は北京の銀座と言われるだけあって、小銭を稼ごうとする物乞いがチラホラ存在する。だいたい、毎年同じメンバーが同じ場所で縄張りを張っているが、たまに新参的な感じの物乞いが現れることがある。王府井駅からの地下道出口を上がってすぐの所に陣取っている二胡弾き爺さんは全盲なのか、いつも目を閉じたまま椅子に腰かけて演奏している。たまに地下道の階段に座っていることもあるが、相手にする人はほとんどいない。
上海では物乞いで集めた金でマンションを2つ買ったBBAがいてニュースになったらしいが、北京にもそれらしきエセ乞食が少なくないようだ。
北京の地下鉄1号線は、東京で例えると、一等地を巡る丸ノ内線みたいなモノだ。ゆえに週末になると、中流~準富裕層の乗客を狙った物乞いが、複数車内を練り歩く光景を目の当たりにすることが出来る。
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例えば、全盲らしき30代後半くらいの男が、アンプとスピーカーを備えたハーモニカで哀愁漂う音楽を奏でながら、母親と思しき70代くらいの女性が、その男の手を引いて車内にいる乗客に片っ端から「金をくれ」とせがんだり、ヘッドセット風のマイクを頭に装着したハイテクな80代くらいのBBAが、小さな携帯用スピーカーを通して「金を恵んでくだせぇ」と、ドン引きまたは無視を決め込んでいる乗客の手を無理矢理取ったりするのである。
どの物乞いも薄汚れた服を着てそれらしく振舞っているが、乞食のわりに使っている物乞いアイテムがハイテクだったりするものだから、これはきっと偽物だろう想像してしまう。しかし、中国へ初めて来たような欧米人や、世情に疎い日本人などは大いに騙されるケースがあるようで、1元札を惜しみなく手渡す場面に出くわすことも珍しくない。
たった1元でも塵も積もれば何とやらで、たくさん集まり過ぎて、金の集計に1回100元でアルバイトを雇っている乞食もいるらしいから、明らかにインチキな輩には1元たりとも恵んでやらぬ方がよかろうと思う。最近は京王線沿線でも、怪しげな団体が募金する場面に出くわすことが増えたが、彼らは北京の骗子と違って、正義を表に出して活動している場合が多いから用心しないといけない。特に情報弱者な人たちはマンマと騙されやすいようだ。
この日は王府井駅の近くで、赤い服を来た全盲らしき女の子をお供にして、自分はこれこれこういう経緯で助けを乞うている、という内容を記した紙を敷いて、ずっと頭を下げ続けている男がいた。
男が示していた文章によると、男は山東省出身らしい。男に寄り添っている女の子は、2011年に生まれたもののすぐに両目を失明したため、その治療費の支払いで「倾家荡产(qing jia dang chan、家の全財産を使い果たす)」したそうだ。で、男はその後借金の取り立てから逃れるため家出をし、再び会社を起こして何とか3年間食いつないだ。しかし、その後逮捕され、11月7日に何とか出獄できたが、父親は依然として入獄したままで、自宅には82歳の母親とこの女の子だけしかおらず、世話をする者がいないらしい。以下にその後の原文を訳してみた。
「妻は出稼ぎに出ていて、借金が21万元(約350万円)あります。私にはもう手立てがありません。私以外に娘を看る者がおらず、娘は誰かがいないと生きてゆけません。私も娘も、金を稼ぐ手段がなく、妻も子供を看ることができません。そこで、援助と治療をお願いするため、北京へやってきました。金も底をつき、子供を連れて働く術もなく、このような愚かな策をするに至りました。私は耶稣(yesu、イエスキリスト、神)の存在を信じており、他に施すことを厭いません。私は主(神、キリスト)が現れることを恐れてはいませんが、主に御救いいただけないことを恐れています。主よ、もし私が嘘つきであるならば、すぐに死ぬ覚悟です。私は探られること(これまで犯した罪のこと?)は恐れていません。審判が下されても構いません。こんな寒い冬でも、娘は誰にとっても可愛いものです。今の私は娘の看病をしつつ、飯を食わせねばなりませんが、他に方法がありません。どうか施しを。その御姿をあらわし、娘に治療の機会をお与えください」
どうやらこの人は治療の意味の「治疗」を「治辽」と書き間違えているようだった。文章冒頭の「治辽」と、イエスキリストに対して懇願する文末の「治辽」は、文脈判断からして、ほぼ確実に「治疗」とだろうと思う。さらに、最後の没办法の前についている漢字も間違っているようで、解読不能だ。きっと、学のない人なのだろう。
男の前を多くの人が通り過ぎて行ったが、立ち止まって文章を読む人は数人しかいなかった。中国の都市部ではこういった物乞いがしばしば現れるそうだが、中には他人の子供を誘拐して、物乞いのパフォーマンスで金を集めている輩もいるそうだから、大衆が見る目は冷たいのかもしれないな、と思った。しかし、現在でもそういうやり方が続いているということは、やはりスポンサーになる人が、いつの時代も存在するからなのだろう。世界的にみても、貧しい子供や病気の子供、哀れな犬や猫を前面に出してお涙を頂戴し、集金するというやり方は、古典的なやり方だ。
王府井書店の向かいには、花茶で有名な老字号(老舗)の张一元というお茶屋がある。北京へ来るたびに、ここでジャスミン茶(茉莉花茶)を買うことにしている。店内には様々な中国茶が揃っているが、この店ではジャスミン茶を買うのがおすすめだ。ジャスミン茶は主に香りを楽しむものだけれど、ここのジャスミン茶ほど質の良いものは、残念ながら日本では売られていない。最高級のジャスミン茶は50gあたり6000元(約96000円)以上するが、100g300元(約4800円)くらいのものでも、十分満足できると思う。中国茶をお土産にするなら、ここで買うのが無難だ。
中国人お馴染みの清涼飲料水である王老吉の露店があった。apmのビルにはアップルストアが入っていた。
apmの向かいにあるデパートは、やっと工事が終わったようで、ロッテと書かれていた看板が「银泰」という文字に架け替えられていた。どうやら韓国政府が在韓米軍への高高度防衛ミサイル(THAAD)用地を提供したとかで、中国政府が韓国製品の不買運動を展開しているらしいが、その影響でロッテは創業以来の経営難に陥っているらしい。
おそらく王府井は一等地であるから、その打開策として早々にテナント料の高い王府井から撤退したのだろう。中国では現在、ロッテマートの半数以上が営業中止になっているそうだ。何とか生き残っているロッテマートでは苦肉の策として、女性向け衣料や赤ワイン、輸入肉、テレビ、冷蔵庫、エアコン、洗濯機などを最大8割引きにする史上最大規模のセールを開催しているらしいが、8割引きで売るとは原価割れしているのではなかろうかと思うが、案外原価はもっと安いのかもしれない。
apmに入り、鼎泰丰で昼食をとることにした。東京の鼎泰丰は平日でも行列することが多く、メニューの価格が北京の2.5倍くらいする上に店内が狭く、やかましく、料理が運ばれてくるのが遅くてイライラするが、北京では待たされることがない。しかも、店内のテーブルの間隔が広くて静かだし、料理が運ばれてくるのも早い。それに、同じメニューでも北京店の方が美味い。例えば看板商品の小龍包は北京店の方が皮が軟らかく、生姜の味もマイルドで、小龍包とのマッチングが完璧なのだが、新宿店は生姜の辛さが強すぎて、小龍包と味が拮抗していて不快感を感じるのだ。そのうち暇を見て台湾の本店に行ってみようと考えている。
とりあえず、蟹粉小龙包と清炒芥兰、炸酱面を注文した。
注文して5分くらいで、蟹粉小龙包が運ばれてきた。読んで字の如く、カニの汁が入った小龍包だ。上海なんかではこれのデカいやつに、ストローを差して出す店がある。ベーシックな小龍包も美味いが、これも中々美味かった。
隣の席にはチャイニーズアメリカンらしき30代後半くらいの男が1人で座っていて、こびとに親しげに話しかけていた。どうやら親が中国人らしいが中国に来たのは初めてで、アメリカ生まれのシンガポール在住だと言った。おそらく両親は中国人だが、生まれてすぐにシンガポールへ渡ったか、シンガポール生まれだかで、英語しか話せない様子だった。私が中国語で話しかけると、中国語は聞くだけなら少しは理解できるが、ほとんど話せないと言った。見た感じは投資かITの類で成功した感じの男で、石田純一のような軽やかな服装であった。私が一人で来ているのかと中国語で聞くと、哀愁漂う感じで笑みを見せつつ、英語で1人だと答えた。
男が言うには、中国の文化を見るために北京へ来たとのことで、祖国巡礼という感じだった。男は寂しそうにしつつも、小龍包を何枚も注文して、うまそうに食っていたが、ヤケ喰いしているようにも見えた。男と特に話すことも無くなり、沈黙が続いた。男は落ち着きなく食していたが、注文した商品を一通り食い終わると、テーブルでサッと会計を済ませたあと、パッと立ち上がり、寂しそうに去って行った。哀れに見えたので、私が去り際に「Have a nice weekend!」と優しく叫ぶと、男は嬉しそうに振り向き、笑顔で「シンガポールにも遊びに来てくれ」と言った。Nice talking to you.と気の利いたセリフも言ってやれば良かったかもしれないが、何せ普段英語をしゃべっていないせいか、滑らかな会話ができなかった。
男が去ったあとは、何事も無かったかのように、清炒芥兰と炸酱面を食べることにした。清炒芥兰というのはいわゆる芥蓝(カイラン)をシンプルに炒めた料理だ。芥蓝はブロッコリーやキャベツと同じアブラナ科の一種だ。中国ではアブラナ科の野菜は抗がん作用があるということで人気があるそうだ。芥蓝は主に広東省や福建省などの中国南方や、台湾などで栽培されており、日本ではほとんど見られない中国野菜の1つだ。「芥」は中国語で「からし」を意味し、カラシナのことを芥菜(jiecai)と言うが、芥蓝にもからしのような独特の辛さがある。ちなみに、アメリカ人が好きなイエローマスタードは、カラシナの種を挽いて粉にしたものに、ターメリックや酢などを調合したものだ。日本の和からしはカラシナの種の粉末と水を混ぜただけのものだ。
いつも、からしを見ると、10代の頃にテキヤでアルバイトしたことを思い出す。「お花の配達です」というアルバイト情報誌の文句に騙されて、10日ほど府中の某神社の境内でホットドッグを売らされたりしたのだが、仕込みの時に大量のカラシナの粉に水道水の水を混ぜてからしを作らされたことがあった。それまでからしはチューブに入ったものや、小袋にパッキングされたものしか食べたことがなかったから、カラシナの粉と水を混ぜるだけでマスタードができることを初めて知って、少し感動した覚えがある。
清炒芥兰も炸酱面も味はまぁまぁだった。芥蓝は不味くはなかったが、独特の辛みが私の好みではなかった。口直しに、ベーシックな小龍包を1枚注文することにした。
小龍包は大量に用意してあるのか、すぐに運ばれてきた。日本の支店のものと違って、皮が軟らかく、生姜とのコンビネーションが絶妙1で美味かった。
蟹粉小龙包は45元(約720円)、清炒芥兰は39元(約624円)、炸酱面は35元(約560円)、小龙包(半份)は25元(約400円)だった。おおよそ日本の支店の1/4~1/3くらいの価格だった。このうち1品ごとに、10%を服务费(サービス料)として徴収されるから、料理の実質的な価格は定価の1割増しということになる。中国の物価を考えると少し割高な料金設定だが、高いだけで美味くない料理を食べて不快になることを考えれば、この味とサービスなら十分満足できると思った。
食後はトイレへ行った。トイレは比較的きれいだった。子供用の便器があった。
トイレへ行ったあとはエスカレーターで5階へ下りて、カフェでマッタリすることにした。
港丽餐厅というレストランに入ることにした。このレストランは北京、上海、天津など、中国全土に50店舗以上の支店を持つ、比較的有名な店だ。ここは軽食もあって値段も高くないからか、店内には比較的若い女の子が多く、みな長居しているようだった。しかも、フランチャイズと言えど、一品一品のレベルが高いのが人気の所以なのだろう。中国のフランチャイズは基本的に不味い店が多いけれども、味だけに関して言えば、ここは日本のファミレスよりも遥かに上を言っている感じだった。日本にもレストランやカフェの類は無数にあるが、上海や北京にある台湾式や香港式の飲食店の方が遥かにレベルの高いメニューを提供していることが多い。きっと日本でもこんな感じのレストランやカフェを出店したらヒットするだろうと思うが、未だに誰も出店していないようだ。
こびとは柠檬茶(レモンティー)の冷たいやつを、私は椰汁芒果牛奶冻(ココナッツマンゴーミルク)を注文した。店内はほぼ満席だったが、ジュースはすぐに運ばれてきた。日本ではあまり見られないタイプの味で、中々美味かった。ネタのために、スイーツを頼むことにした。
こびとは面包布丁を、私は桂花玫瑰冻(桂花玫瑰糕)を注文した。これもすぐに運ばれてきた。店員の対応は中々良かった。面包布丁は文字通りのブレッドプディングで、ちょっと甘みが強かったが美味かった。確か、面包布丁は34元(約545円)くらい、桂花玫瑰冻の値段は忘れた。まぁ、王府井だからちょっと高い。桂花玫瑰冻はキンモクセイと、バラの花びらを使ったムースケーキまたはムースゼリーみたいな菓子だ。「冻」は煮こごりみたいな意味だけれど、おそらくゼラチンで固めたような菓子だ。ムースの上に、バラの花びらが入ったゼリーを載せている、2層のケーキみたいなもんだった。
ちなみに中国語ではムースのことを慕斯(musi)というが、この類の菓子は慕斯蛋糕と言う。桂花玫瑰冻は今までに食べたことがない味と香りで、本当に美味しかった。これを日本でやったら大ヒットするだろうが、たぶんまだ誰も売っていないと思う。きっとこれを食べたら、「玫瑰花瓣很漂亮,清甜爽口,极美貌香艳甜品!」と叫びたくなるだろう。また北京へ行ったら食べてみたい。
東京にもいろんなカフェがあるが、自分好みのカフェは少ない。
美味しいものを食した幸せを感じながら1階へ下りると、中央の広場に人が群がっているのが見えた。どうやら巨大なモニターの上にカメラが備え付けてあって、客がモニターに映し出されるようになっていた。こんなもん何が面白いんだろうかと思ったが、案外中国人にはウケていて、みな楽しそうにモニターに映った自分の写真を撮っていた。こびとが中国人のように写真を撮ってくれとせがむので、仕方なく撮ってやった。
15時を過ぎたばかりだったが、 外へ出ると、大気汚染の影響もあって空が少し暗くなっていた。中国の冬は、日本よりも暗くなるのが早いようだ。日本との時差は1時間だが、北京の方が1時間早いから、余計に時間が経つのが何となく早く感じられる。日本から北京へ来た直後は1時間だけ過去にタイムワープしたような不思議かつ得な気分になるが、翌日になると何ともなくなる。
中国っぽい写真館を撮っておいた。この店は以前から変わらず営業している。
冰糖葫芦(水飴菓子)の屋台も潰れずに、いつも通り営業していた。王府井で最も人通りが多く目立つ場所にあるからか、儲かっているようだった。いつか食べてみたいと思うが、中々買う気にならない。少しブラブラして、王府井書店へ行くことにした。
今年は師匠が60歳になるから、還暦祝いに何か中国的なモノを買おうと考えていた。かといって、北京市内を色々と歩き回る時間もないので、王府井書店で良さそうなモノを探すことにしたのだった。王府井書店は基本的には本屋だけれども、観光地にあるためか、観光客向けの中国伝統工芸品などを色々扱っている。しかも、どれも常識的な価格を提示しているから、下手な観光地の土産物屋でボッタくられる可能性を考えれば、ここでマトモなモノを買う方が楽だし、賢明だと思う。
店内はいつも通り混んでいた。北京は発展しているとは言え、やはり東京ほど娯楽がないゆえか、休日は本屋で座り読みして過ごす中国人が少なくない。いや、むしろかなり多い。幼児向けの階などでは、多くの親子がベタ座りして読書に耽っているもんだから、邪魔でしょうがない。では、専門書を扱う階は空いているかといえば、まぁ確かに客は少ないが、専門書の内容をコソコソと手帳に丸写ししているジジイなどがいるから、これまた邪魔でしょうがない。
とりあえず、額入りの剪纸(jianzhi)を買うことにした。剪纸は中国で2000年以上前に始まったとされる民間芸術の一つで、中国では現在、非物質文化遺産に登録されている。いわゆる切り絵だ。剪纸というと紅紙の単色が多いが、影絵芝居で使われる皮影(piying)と呼ばれるカラフルな切り絵を買った。種類は色々あったが、無難なデザインにした。「吉祥如意(jixiang ruyi)」とはお祝いなどで使用されるメジャーな成语で、要するに「幸運が訪れますように」みたいな意味だ。ガラス製だから、北京から割れないように持って帰るのが大変だった。
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王府井書店から外へ出ると、周囲はスッカリ暗くなっていた。王府井書店の前には二胡弾きの物乞いがいた。昼も夜もこの付近で演奏している爺さんだった。
中国の都市部では、夜になると、どこからともなくゲリラ的な路上販売野郎が集まってくる。最近の流行りは、上海でも北京でも、スマホの画面のフィルム貼りだ。中国のSIMはプリペイド式だけれど、SIMを売っている輩もいる。
あとは、靴下とか手袋などの衣類、わけのわからぬ小物などが多い。义乌市(義烏市)あたりで仕入れた激安品なのかもしれない。浙江省中部に位置する义乌市は、“全球最大的小商品批发市场(世界最大の日用雑貨卸売市場)”と称される「义乌小商品批发市场(中国小商品城)」で有名で、この市場には100均で有名なダ〇ソーのバイヤーなんかが日本から仕入れに来ているらしい。他にも、個人で大量に仕入れて、アマゾンなんかで売っている人もいるそうだ。
义乌小商品批发市场の店舗数は5万ヵ所以上、就業人数は20万人以上、1日あたりの来客数は20万人以上だそうだ。営業面積は260万m²(2.6km²)以上で、常時170万種類以上の日用品が揃っているらしいから、1日で回るのは無理だろうと思う。なんせ東京ドーム55個分の広さだから、相当に疲れるだろう。以前、おかんの希望で東京ドームのテーブルウェア・フェスティバルへ行ったことがあったが、あれだけの広さでもかなり広く感じられたから、きっと义乌市场なんぞへ行ったら、広すぎて発狂するかもしれない。
師匠へのお土産と中医・針灸関係の本を買って重かったので、一端ホテルへ戻ってから夕食を食べに行くことにした。
东直门内大街には高乐雅咖啡というカフェがある。东直门駅から少し歩いた場所だ。どうやらグロリアジーンズコーヒーという、シカゴ発のカフェらしい。日本にも関西に支店があるそうだが、行ったことがない。1度入ってみたいとは思うが、どうも入りずらい雰囲気の店だった。
その後はセブンイレブンに寄って、东直门駅から地下鉄に乗って前门へ行くことにした。カップラーメンは色々な味があったが、ほとんどは日本には無い中国独特の味付けで、味には当たり外れが多い。基本的にカップラーメンのフタを開けると中に折りたたまれたフォークが入っているから、それで食べるようになっている。カッププリンやカップヨーグルトの類も同様に折りたたみのスプーンが入っていることが多く、日本のコンビニのようにレジでフォークやスプーンを配ることはあまりない。菓子類もベーシックな味から奇抜な味まで色々あるが、基本的にどれも不味い。やはりスナック菓子は日本製造のものの方が美味い。中国は東南アジアとの関係が深いから、ドライフルーツなんかも大量に並べてある。酒の肴の類も多い。
パンコーナーのPOPはジブリ映画の一場面を加工したかのようなジブリ風であったが、ジブリと関係があるのかどうかは知らぬ。菓子パンも基本的には日本の方が美味い。とりあえず水を買って外へ出た。
まだ黄砂がピークになる前だからか、空はあまり霞んでいなかった。5月に入ると地獄のような黄砂で視界不良になることが多い。今のところ、4月の上旬ならまだギリギリ安全圏で、マスクをしなくても大丈夫なようだった。
駅はそれほど混んでいなかった。日本では痴漢が線路へ逃げたとか、乗客が電車に接触したゆえの安全点検だとか、踏切に車や人間が侵入したとかで、すぐに電車が止まるが、中国では今のところ一度もそういう経験がない。日本のように、冤罪なのに痴漢だと騒ぐキ〇ガイじみたヒステリー女もいないから、電車に関しては北京の方が遥かに安全だと感じる。
ほとんどの駅のホームにはホームドアが設置されており、まだ設置されていない駅はあるものの、人身事故で電車が止まったとかいう話は聞いたことがない。以前、台湾では構内だか車内で刃物を振り回したキチガイがいたけれども、台湾や日本に比べると、北京の地下鉄に乗っている方がある部分では気楽だ。
前门駅に着いた。地上へ出ると、毛沢東の遺体が安置してある記念堂がみえた。ライトアップしており、記念写真を撮っている人がちらほらいた。
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反対側の歩道へ出るため、地下道へ下りることにした。前门駅付近には横断歩道がなく、地下道を利用するようになっている。地下道へ下りると、ストリートミュージシャンがいた。動画を撮ってみた。中々巧い人だった。
前门では花马天堂という雲南料理を出す店へ行こうと考えていた。去年、友人S氏に連れられて上海の花马天堂に行って以来、雲南料理に目覚めてしまったのだった。そんなわけで、北京の支店にも1度行ってみようと思ったのだった。
一応、事前に日本で、GoogleMapに住所を入力して場所を調べておいたが、目的地周辺をグルグルと歩いてみたものの、地図が示す場所に店が見つからなかった。仕方がないので前门の路地で警備している警察官に場所を聞いてみることにした。GoogleMapでは中国国内のストリートビューは見れないものの、ある程度まで詳細な地図が公開されている。しかし、中国当局の電波妨害などによって地図が正確にわからないように情報攪乱されているという噂だったが、確かに目的地が記された場所に花马天堂は存在しなかった。
5人くらいで団子になって呑気におしゃべりしている警察官に、予め日本でプリントアウトしておいたGoogleMapの上のメモ欄に書いておいた花马天堂の住所を見せて、道を尋ねた。
私が「花马天堂という飯屋へはどう行けば良いですか?」と聞くと、少し離れた場所にいた警察官も興味深そうに集まってきて、みなワイワイ言いながら地図を見始めた。私の隣にいた警察官が「この店はこの地図に載っているのか」と聞いたが、GoogleMapに載っていた花马天堂の位置は明らかに間違っていたので、「いや、載っていません」と答えた。果たして住所も合っているかは疑わしかったから、とりあえず、花马天堂という名前の店がこの近くにないか、ということに重点をおいて聞いた。しかし、数分するとどの警官もこの店を知らぬとのことで、礼を言ってこの場を離れた。
この一件があるまで、GoogleMapは完全なる地図であると思い込んでいたわけだが、どうやらグレイトファイヤーウォールなどでバリヤーを張り巡らしている中国の地図を完全に再現することは、Googleをもってしても不可能であることが判明した。いや、現地調査が難しい国柄ゆえに、中途半端な地図となったのであろうと推測した。
結局、前门の周辺の地下道を上ったり下りたり、大通りを行ったり来たりして疲れてしまったので、今回の花马天堂行きは諦めて、別の店を漁ることにした。こびとが「美味しい北京ダッグでも良い」と言ったので、全聚德の本店へ行ってみることにした。地下道には警察が使うであろうサスマタなどが無防備に置かれていた。
全聚德と言えば世界に100店舗以上の支店をもつという北京ダッグの老舗の1つで、新宿にも支店があるから日本でも比較的有名な店だ。北京で有名な北京ダッグの店はいくつかあるが、この店は超高級の部類に入る店で、昔は外国人と中国人で料金が差別化されていたらしい。今はどうなのか知らぬが、今でも敷居が高すぎて、庶民派の私には入り難い店だ。そういうわけで去年、こびとが前门に初めて来て北京ダッグを食べたいと騒いだ時は、露天にあるわけのわからぬ安い北京ダッグを食わせておいたのだった。しかし、1度くらいは最高級の北京ダッグを食っておくのも、社会勉強になるだろうし、ブログのネタにもなるであろう。
全聚德の入口の前には、この店のマスコットキャラクターらしき鳥の人形が置いてあった。その鳥の前で記念撮影をしている中国人がいた。ここから少し奥まった場所に店の入口があったが、すでに閉店していた。どうやらラストオーダーが20時までらしかった。 前门はどこも店が閉まるのが早いようだった。
东直门駅から北新桥駅までつながる簋街は24時間営業している店が多くて、常に街自体がにぎやかな印象だ。しかし、前门駅周辺は20時を過ぎると人がほとんど歩いていないような状態になるようで、至ってさみしい印象だった。だいたいどの店も20時がラストオーダーのようだから、20時を過ぎたら前门で飯は食えぬと考えた方が良いかもしれない。仕方がないので、北新桥駅まで戻って、胡大という四川料理店へ行くことにした。
前门駅へ向かう途中、どこからともなく三輪バイクのジジイが音もなく近寄ってきて、「お前らどこへ行くんだ!乗っていかないか!」としつこく声をかけてきて喧しかった。きっとボったくられるだろうから、ああいうジジイは無視しておくのが無難だ。
電車の車内では、京浜家族のキャラクターをパクッたようなアニメが流れていた。北京の地下鉄は車窓からトンネルの壁に動画のような広告を観ることが出来るが、あれはトンネル内に設置されたいくつものLED灯の残像による視覚効果を利用しているものだ。つまり、実際の動画と原理は同じで、1コマずつに分けられた動画断片のLEDを、1シーンごとにトンネル内の壁面に並べて点灯させておくのだ。で、それを動く電車の窓から眺めると、動画のように観えるというわけだ。列車の速度とLEDの設置幅がちゃんと計算されているから、車窓からは違和感の少ない動画に観える。観察力や知識が乏しい人には、まるで窓に画面が内蔵してあるかのように見えるらしい。現在、中国の地下鉄ではこのタイプの広告が流行っていて、成都では1ヶ月あたり10万元(約160万円)程度らしい。
北新桥駅に着くとすでに22時に近かった。不夜城と呼ばれた東京都心部でも、最近は20時か21時ラストオーダーの飲食店が増えていてるし、終電を逃した人々の退避所となっていたファミレスも24時間営業から撤退するようになってきている。しかし、北京では未だに不夜城が健在だ。
特に东直门駅は空港線の始発および終着駅であるためか、东直门駅から北新桥駅、雍和宮駅にかけての东直门内大街北側のエリアには、24時間営業の店が少なくとも100店舗以上はあるようだ。その中でも特に簋街(guijie、鬼街)が有名で、飲食店の半数以上は四川料理だ。もちろん、雍和宮駅北側に位置する、金鼎軒 (地壇店)のような一般的な24時間営業のレストランもある。
人気店は店頭に行列が出来るが、北新桥駅近くには、週末になると100人くらい待つこともある、胡大(huda)という四川料理店がある。东直门内大街沿いにあり、私は北京入りすると、必ず行く店の1つだ。ここは店員の対応も比較的良くて、会計を間違えることはたまにあるけれど、注文した品をずっと持って来ないとか、釣銭を返さないとか、中国の飲食店にありがちな不愉快さが少ない店だ。基本的に、中国でマトモな店は、客が帰る時に「慢走(manzou、お気をつけて)」と声をかけるのだが、この店にも入口に常時店員がいて、声をかけてくれるから、気分良く店を出ることができる。
どうやら改装で足場が組まれていたせいか、店頭で待つ人はほとんどおらず、すぐに入ることができた。店内は21時すぎにもかかわらず満席で、席が空いても次から次に客が入れ替わっているようだった。
とりあえず、飲み物を頼むことにした。この店は激辛四川料理店にも関わらず、無料の水やお茶を出してくれないから、まずは飲み物を確保しておかなければ後で地獄を見ることになる。外で買った水を持ち込むのがベストだが、持参するのを忘れたため、こびとは雪碧(xuebi、スプライト)を、私は王老吉(wanglaoji)を注文した。
雪碧はいわゆるコカコーラブランドのスプライトで、中国ではコーラの次に人気があるジュースだそうだ。私が子供の頃は、自販機で大瓶や缶入りのスプライトを買うことができたが、現在の日本ではペットボトルが主流だ。しかし、中国では未だに缶ジュースが流通している。ちなみにコーラのことを中国語では可口可樂と言うため、至って発音しにくいが、実際には日本語と同様に可樂と言えば通じる。
王老吉も北京では定番の広東発祥の涼茶だが、上海あたりでは加多寶の方がメジャーらしい。元々は王老吉という涼茶を2つの会社が製造していたらしいが、いつしか商標権だかの問題で、ほぼ中身が同じ加多寶という商品が生まれたそうだ。涼茶というのは中国南方で昔から日常的に飲まれている薬草茶みたいなもので、感覚的には日本人が夏に麦茶を飲むような感じに近いが、涼茶は様々な薬草を用いて作られているゆえに、かなり複雑かつ奇妙な味がする。でも、まぁ不味いという感じはしない不思議な味だ。
適当に3品と米を注文した。何という名前の料理か忘れたが、どれも辛すぎて失敗した。青菜を炒めたものはあまり辛くなくて美味かった。蛙は話のネタとして注文した。注文し終えると、こびとがトイレへ行きたいと言った。こびとは、トイレはどこかと自分で店員に尋ねるから、中国語を教えてくれと言った。
「洗手间在那儿?」だ、と私が言うと、こびとはサッと立ち上がって、言われた通りに女の店員に話しかけていた。どうやら洗手间と言いかけた時点で、トイレへ行きたいと理解されたらしく、2階のトイレを案内されていたようだった。そりゃあ客が「トイレ」と言ったらトイレへ行きたいに決まっている。
蛙はほとんど食べるところがなかったが、田鸡というだけあって、確かに鶏肉に似た味がした。しかし、ピョンピョンと跳ねる動物ゆえか、肉がゴムのようであまり美味くなかった。蛙は皿に4匹載っていたが、こびとが美味くないというので、私が3匹食べることになった。今後はもう2度と食べることはないだろう。
ちなみに中国では食用蛙のことを田鸡とか牛蛙と言うが、師匠は昔、北京に留学して間もない頃、蛙のことを田鸡ということを知らなかったらしく、蛙を「田んぼで飼われている鶏」だと思って食べたらしい。
私が「服务员,结帐!(お会計!)」と叫ぶと、新米らしき若い女がやってきた。女は私にレシートの控えを見せて合計金額を言ったが、明らかに高すぎた。で、女の持っていたレシートをよくみると、別の客のレシートを間違えて持ってきたようだった。中国では、基本的に会計はレジで行うから、こういうミスが起こりやすい。
無事会計を終えて外へ出ると、店の前で楽しそうに話していた若い店員3人が、みな声を合わせて「慢走(manzou、お気をつけて)」と言った。胡大という店名の「胡(hu)」は蒙古(menggu、モンゴル)の意味があるが、胡大がどんな意味なのかは知らぬ。単純にモンゴル人が経営しているのだろうか。しかし、百度(中国の検索サイト)で検索すると、胡大はペルシャ語で「自在者」を意味するとか、イスラム教のアッラーを意味するとか書かれていたから、経営者がイスラム教徒なのかもしれない。そう考えると、ある意味すごい名前の屋号だ。
胡大からホテルまでは歩いて5分くらいだ。ホテルの近くに、遅くまで営業している美味い飯屋があるというのは幸せなことだな、と思った。ホテルまでの帰り道である雍和宮大街には、白菜の残骸が虚しげに放置されていた。積み上げていた大量の白菜は、全て売り切ったのであろうか、と考えた。
北京市内には、ほぼ24時間体制で、オレンジ色の制服を着た沢山の清掃員が徘徊している。こんな風に豪快に街を汚す輩がいる限り、清掃員の仕事も安泰なのだろう。日本もゴミの利権で儲けている政治屋がいるそうだが、そういう意味ではこの地球上から色んな意味のゴミが完全に無くなることはないのかもしれないな、などと考えながら、白菜の前を通り過ぎた。
ホテルのある胡同は暗いが、飲食店が多いせいか、夜でもそんなに危険な感じはしない。このあたりの飲食店は衛生的にヤバそうな店が多いが、同じ大陸人気質のアメリカ人には人気があるようで、ザリガニや唐辛子を肴に、燕京啤酒で騒がしく酒盛りしている光景がみられる。
3日目
天気予報では曇りの予報だったが、3日目も快晴だった。空にはスモッグが少なく、秋晴れという感じで、マスクをしなくても出歩けるような具合だった。日本の報道では、中国は常に大気汚染に曝されているようなイメージだ。しかし年間を通してみると、実際にマスクが必要になるのは半年間くらいだと思う。北京では、11月後半~3月頃はセントラルヒーティングが作動したり、石炭の消費量が増えるから汚染が重度になる。この時期はN95マスクなど、本格的なマスクがあった方が良い。4月は街路樹であるエンジュやヤナギなどの胞子が市内を大量に飛び回るし、5月は西北から黄砂が飛来するから、この時期もマスクが必要だ。6~11月前半くらいはマスクがなくても過ごしやすい日が多い。北京を観光するなら7~10月くらいが無難だが、夏は暑いし光化学スモッグが発生する日もあるだろうから、10月くらいが北京のベストシーズンと言えるかもしれない。中国は基本的に黄土で雨が少なく、空気が乾燥しているし、気温差も激しいから、東京のように年間を通して過ごしやすいということはあまりない。
この日は帰国日で、11:35発の飛行機に乗らねばならなかったから、7時すぎにはホテルをチェックアウトすることにした。北京空港でのチェックインは2時間前からだが、何だかんだで時間がかかるのが常だから、3時間前までには空港へ着いておくのが無難だ。
今回も2泊3日のフリーツアーだったが、ホテルでの朝食は2日目だけで、3日目は無かった。前回のJ〇Bではほぼ同じ内容で2回分の朝食が付いていたが、今回のH〇Sでは何故か付いていなかった。まぁ普段から朝食は軽くしか食べないし、食べなくても平気なのだが、やはり何も食べないでいると胆汁が濃縮されて結石になるリスクが高まるかもしれぬから、コンビニでおにぎりでも買って食べることにした。何せ、クソ重いスーツケースとリュックサックを抱えて外食するのは面倒だから、何か買って空港で食べようということになった。
チェックアウトはスムーズだった。去年あたりから、何故かチェックイン時に押金(保証金)を取らぬようになったし、チェックアウト時も室内の確認を軽くするだけで、瞬時に終わるようになった。とにかく、金のやり取りをせずに泊まれるのは、中国でありがちな金のトラブルを避けやすくなるから気が楽だ。
ホテルの最寄駅は北新桥駅と东直门駅だが、东直门駅方面は大規模な歩道の舗装工事をしていて歩きにくいから、北新桥駅から地下鉄に乗ることにした。东直门駅は空港線の始発駅だから、旅行者に配慮して下りのエスカレーターが設置されている。基本的に北京の地下鉄駅にはエスカレーターは上りしか設置されていない。だから、重いスーツケースを転がして空港へ向かうならば、东直门駅最寄りのホテルに泊まって、东直门駅から直接空港線に乗るのが便利なのだけれども、今回は仕方なく北新桥駅から东直门駅を経由して空港へ向かうことにした。
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ホテルの正門をくぐると、右方向からバイクに乗ったジジイがこちらへ向かってくるのが見えた。ジジイはバイクの後部に中国の紅い国旗を括り付け、POPな音楽を流しながら運転していたから、これは面白い愛国主義者的ジジイだと思った。動画に収めようとスマホを取り出したけれど、ジジイがアッと言う間に我々の前を通り過ぎてしまったもんだから、一瞬しか撮れなかった。日本にも右寄り、左寄りの人がいるけれども、ジジイはエセな右寄りではなさそうだった。
7時すぎの胡同はすでに賑やかだった。中国人は基本的に早起きだ。今でも中国では月給5000元(約80000円)以下なんてのはザラだから、頑張って長時間働くのが一般的なのだろう。中国人は朝昼晩と外食することが多いから、胡同の飲食店は早朝から朝飯を売り出すのが普通だ。
朝食の仕込みをする人、ペットをリードなしで散歩させるジジイ、肉を納品する人、槐树(huaishu、エンジュ)や杨树(yangshu、ハコヤナギ)の落ち葉を竹箒で集めるオバハン、ゴミ箱のゴミを分別する清掃員など、色々な人がいる。
そういう人を眺めながらのんびり駅まで歩いて行くのだが、頻繁に後ろから音もなく電動バイクが近づいてくるから、こまめに後方を振り返りながら歩かねばならなかった。中国では維持費の安い電動バイクが人気だが、冬場はバイクの前面を覆うようにして防寒用の布を被せて走るのが定番になっている。しかし、この布や防寒具が前輪に挟まってしまう事故が多発しているようで、杭州ではマフラーを前輪に挟んで窒息死したケースもあったそうだ。ゆえに骑车戴围巾(防寒布を被せた電動自転車)で通勤するのは御法度に等しいのだけれど、実際には法律で禁止されているわけではないから、毎年事故が絶えないらしい。
胡同を抜けて駅前の雍和宮大街に出ると、レンガを積んで舗装工事をしているジジイがいた。早朝から頑張って働いているのだろうか、と思った。
昨日の晩、放置されていた白菜の残骸の上に、再び白菜がうず高く積まれていた。
朝は早点(zaodian、朝食)と書かれた看板を掲げている飲食店が多い。スーツケースがなければ食べて行ってもいいのだが、狭い店では荷物のやり場がなく、入り難い。少し歩いた場所にあるセブン〇レブンで何か買うことにした。
北新桥駅前のセブ〇イレブンは、小さな雑居ビルの2階に入っている。スーツケースを持って上がるには狭すぎたから、1階の踊り場でこびとを待たせて、1人でセブ〇イレブンへ入ることにした。
おにぎりは日本のセブ〇イレブンと同じように並べられていた。しかし、どれも見たことがない具材ばかりで、中国人には不人気なのか在庫がパンパンだった。東京では通勤時間帯になると、駅前のコンビニならおにぎりとサンドイッチがバカ売れして、8時過ぎたら在庫がスカスカになることが多い。今でも、中国の上班族(通勤族)は包子や烧饼、油条、油饼、豆浆、煎餅などを食べるのが定番になっているらしいから、日本式のおにぎりが健闘するのは難しいのかもしれない。
とりあえず、適当におにぎり4つと、五香牛肉风味と書かれた日清のカップヌードル1つを買って、レジに並んだ。カップヌードルは話のタネに、帰国してから食べてみようと考えた。
レジには夜勤あけなのかダルそうな感じの若い女性店員が立っていた。ふとレジ横の壁を見ると、夜勤アルバイトの募集広告が貼られていた。「責任感が強い人。週3~4日働ける人。18~38歳まで。身体健康な人。詳しくは話ましょう」と書かれた貼り紙の横に、店長の微信のQRコードと、謎の絵が描かれていた。
駅前の通りはすでに渋滞が始まっていた。
空港線はほぼ満席だったが、月曜日の朝だからか、そんなに混んでいなかった。 車窓からは、これから仕事場へ向かうであろう人たちが見えた。
空港に着いたあとは、まず電光掲示板でチェックインカウンターの場所を調べ、カウンターが開くまで休憩することにした。奥の方のベンチが空いていた。BBAが横になってベンチを独占して寝ていたが、荷物を奪うような輩はいないようだった。安心しておにぎりを食べることにした。
おにぎりは、こびとと私で2個ずつ食べるつもりだった。至って質素な朝食だ。通常、このタイプのおにぎりだと、日本では海苔と米がフィルムで隔てられているが、中国のそれはすでに海苔と米が合体していて、海苔がシナシナになっていた。中国はシナと呼ばれていたからシナシナにしたのだろうかと考えたが、カップラーメンに折りたたみフォークを内蔵させておく人々であるから、きっと業務の効率化とコスト削減のために、フィルムを1枚省いているのであろうと推察した。私はおにぎりの海苔はパリパリ派ゆえに、パリパリタイプらしきおにぎりを買ったつもりであったが、騙されたと思った。
味は3種類買った。2種類は無難そうな金枪鱼蛋黄酱(jinqiangyu danhuangjiang、ツナマヨネーズ)と、虾仁蛋黄酱(xiaren danhuangjiang、むき海老マヨネーズ)を選んだのだが、日本のそれとはかけ離れた味でガッカリした。とにかく白米が不味かった。
話のタネに買った奥尔良烤鸡肉(aoerliang kaojirou、ケイジャンスパイス風味焼き鳥)はさらに不味かった。「加热食用 更美味(温めるともっと美味しいヨ)」と書かれていたが、温めたら超絶に不味くなるであろうと予想した。
奥尔良はフランスの都市、オルレアン(Orleans)のことだが、ニューオーリンズ(新奥尔良)のCajun Seasoning(ケイジャンシーズニング)をふりかけて焼いたチキンを具材にしたおにぎりのようだった。ちなみに中国語ではCajun Seasoningのことを新奥尔良腌料と言うようで、中国の肯德基(KFC、ケンタッキーフライドチキン)では、このシーズニングをふりかけた奥尔良烤鸡翅や新奥尔良烤翅が人気らしい。
そもそも、New Orleansというように、ヌーベルオルレアン出身のフランス人が入植して、新たに開拓したのがニューオーリンズ(新奥尔良)であるから、本来は中国語で「新奥尔良烤鸡肉」というべきだと思うが、なぜかこのおにぎりのパッケージには「奥尔良烤鸡肉」と記されていた。まぁスペースの関係で6文字2行にする方が、バランスがとれて都合が良かったのかもしれない。こういう手抜きは中国人の常套手段だ。
Cajun Seasoningを考案したCajunとは、フランスの植民地であったカナダのアケイディア(現在のアメリカ合衆国メイン州東部とカナダノバスコシア州付近)に住んでいたフランス系入植者(Acadians)のうち、18世紀半ばからルイジアナ州に移住した人々とその末裔のことを指すそうだ。
彼らは裕福ではなかったため、日常的に臭みのある野生動物を食べざるを得ないことがあったらしく、その臭みを緩和するためにCajun SeasoningとかCajun Spiceなどと呼ばれるブレンドスパイスを考え出したようだ。
きっと、ウイグル族が臭いにクセのある羊肉を焼いて食べる際に、臭みを除く孜然(ziran、クミン)や唐辛子をふりかけていたのと同じ発想なのかもしれない。
ちなみに、島根県松江市は1994年から、ニューオーリンズと友好都市提携しているそうだ。松江でおなじみの小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が、かつてニューオリンズで記者をしていたことが縁らしいが、小泉八雲が松江に来た年から100年目の1990年に、ニューオーリンズ市長を松江に招いたのがきっかけで、友好都市提携をすることになったらしい。2005年に超大型ハリケーン「カトリーナ」がニューオーリンズを直撃した時には、松江市は義援金を100万円送ったそうな。私はしばらく松江市に住んでいたことがあり、小泉八雲の旧邸にも行ったことがあるが、ニューオーリンズの件については全く知らなかった。きっと、北京でこの奇妙なおにぎりを食べることがなければ、松江とニューオーリンズの関係について知ることもなかったかもしれない。
何とかおにぎりを食べ終え、しばし休んだあと、9:00を過ぎた頃にチェックインカウンターへ行ってみることにした。すでに行列ができていた。40分ほど並び、何とかチェックインを終えた。ふと空港内に設置された時計を見やると、時計にはLONGINES(ロンジン)と記されていた。
ロンジンはスイスの老舗時計ブランドで、ロゴには翼のついた砂時計が描かれている。競馬やテニスなどのスポンサーとしても有名で、2016年、ジャパンカップが開催された時には、サイモン・ベイカーがロンジンのアンバサダーとして東京競馬場にやってきたが、あまり話題にはならなかったようだ。サイモン・ベイカーが主演した「The Mentalist」は中々面白かった。彼は良い役者である。やはり、中国は市場としては世界最大だし、中国には大富豪が沢山いるらしいから、北京空港にこうやって時計を設置して広告することは、それなりの意義と恩恵があるのだろうな、と思った。
出発ロビーには早めに行っておくことにした。中国では成田空港なみに、セキュリティチェックと出国審査で時間がかかるから、それらを早めに済ませておかなければならない。
幸運なことに、帰りの便もボーイング787だった。やはり、新型の大型機は快適だった。数年前までは、北京行きのJALは中型機ばかりだったが、何故か最近は大型機が増えてきた。今のところ、このタイプのツアーで北京入りするのが、最もコストパフォーマンスに優れていると思う。帰りの機内食はまぁまぁだった。デザートはハーゲンダッツのミニカップ、バニラ味だった。
映画は行きの便で途中まで観た、話題のアニメ映画「君〇名は」を観ることにした。結局最後まで観たが、あまり面白いと感じなかった。これを観るなら、三鷹のジ〇リ美術館で短編映画を観た方がいいな、と思った。だいたい映画も小説も、その題名の如何によって、どんなもんかわかってしまうものだが、「君〇名は」という題名を見た時点で、こりゃダメかな、と思っていた。
そもそも、最近の高校生が「君」なんて人称は使わぬし、明治から昭和初期を舞台にした内容でもないのだから、この映画で最も重要と思われるセリフに「君」という言葉を使うこと自体に違和感を感じた。音楽の選曲も、例えばクリント・イーストウッドが劇中でMiles Davisの曲をさりげなく使うセンスと比べると、あまり心地よい感じではなかった。
そんなわけで、マスコミや意図的に大騒ぎして大衆を洗脳させるという、最近流行りのやり方で持ち上げられた映画なんだろうか、と想像した。まぁ、無料の機内映画ということで、惰性で観てみたわけだけれども、ハッキリ言って無為な時間を過ごしてしまったと感じた。「秒速5センチメートル」の「桜花抄」では、近藤好美氏のキャスティングや、ストーリー、映像も中々良かったから少しばかり期待していたが、今回の作品はあまり印象的なモノが感じられなかった。
帰国してから、北京のセ〇ンイレブンで買った五香牛肉风味のカップヌードルを食べてみた。やはり予想通り、プラスチック製の折り畳みフォークが中に入っていた。中国のカップラーメンはまず同梱されたフォークを取り出してから、お湯を注がねばならない。知らずに日本方式でそのままお湯を注ぐと、あとで地獄をみることになる。
味は恐ろしく不味かった。日本のカップヌードルはどれも無難な味だが、これは酷いと思った。パッケージの素材もフニャフニャしていて、日本の外装よりもかなりボロかった。
今回は、復刊された今は亡き朱汉章の名著、「小针刀疗法」を買うことができた。松江にいた頃に借りた、師匠が昔買った初版は、この機会に師匠へ返すことにした。これまで「小针刀疗法」は、版を重ねるごとに印刷が薄くなっていたらしく、師匠曰く「初版の印刷が一番濃くていいんよ」とのことだったが、今回の復刊版はちゃんと印字されていた。中国では定番の本だが、残念ながら日本の鍼灸界では、未だ「小针刀疗法」はほとんど知られていないようだ。
(終)
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